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もし、光があなたの夢を叶えてくれるとしたら。 | 理化学研究所(SPring-8) 様

第1話

もし、光があなたの夢を叶えてくれるとしたら。

光には、目に見えるものと、見えないものがある。

ごくわずかな波長の範囲にある可視光線だけが見える光で、 それ以外の光は、普段はその存在を認識することもない。 しかし、その見えない光は、これまで見ることができなかった未知の世界を映し出し、私たちの暮らしを大きく変えた。

そんな光をつくりだしているのが、 理化学研究所の大型放射光施設「SPring-8」と「SACLA」。日本が世界に誇る研究施設である。

電子から出る放射光を利用して、さまざまなモノの解析を行うSPring-8、
その10 億倍の明るさの光を放つX 線自由電子レーザーを持つSACLA。

一体、どのような施設なのか、最先端の科学技術が、私たちの暮らしにどうつながっているのか。この施設のために東京大学助教授を経て1995年理研主任研究員としてSPring-8のビームライン建設を統括した石川センター長に、SPring-8の全容を伺った。

日頃耳にしない用語や現象が飛び交う世界ではあるが、
Jumpinʼ 目線でSPring-8を探っていく。


SPring-8って何?
一つの広大な山の敷地に聳え( そびえ) 立っているSPring-8は、自然豊かな兵庫県佐用町の三原栗山に位置する。

播磨地方の丘陵地帯を切り開き、このあたり一帯にSPring-8を中心とした「播磨科学公園都市」が造成されている。世界的な科学技術拠点の集積地として兵庫県は注目を集めているが、そもそもこの山の中に、どうして巨大放射光施設ができたのだろうか ー。

その前に、「SPring-8とは何?」というところから入ってみたい。1周が1,436 mある銀色のドーナツ型の建物(上写真参照)で、電子を光の速度近くまで加速させ、磁石によって進行方 向を曲げた時に発生する、細くて強力な放射光を生み出す施設。光の速度まで加速するとあるが、物理の授業で習った記憶を辿れば、光の速度は秒速30万キロで地球7 周半!このドームの中を、1秒間に20万回も電子が駆けまわることになる。

巨大なレントゲン装置

細くて強力な放射光を、もう少しわかりやすくイメージすると、多くの人が一度は経験のあるレントゲン。X線を体内に通すことで、「骨折」や「ヒビ」など目に見えない部分が、可視化される。SPring-8 の原理はこれと同じで、病院のレントゲンの1千億倍ほどの光が出る。そして見る対象はナノ、ピコといった極小の単位。装置は巨大だが、細くて強い光で小さいものを見る。マクロとミクロが混ざったような世界だ。

国立研究開発法人 理化学研究所
放射光科学研究センター
石川 哲也 センター長

1 つの岩山に築いた施設

人工的につくった強力なX線で目に見えない極小なモノを観察するだけに、放射光施設に要求されるのは高度な安定性。話しを戻すと、建設地の条件は「強固な岩盤」だった。

「私たちは、X 線でナノの世界を見るための装置をつくりた かったのです。1 ミリの100 万分の1 のナノの世界をちゃんと見てあげようとすると、地盤沈下などで揺れ、機器に誤差が生じると安定した実験ができません。重要なのは、堅い岩盤であること。しっかりした地盤として、この中国山地と北上山地の2箇所が候補地だったのですが、周りの状況や京阪神が近いこの地を選んだのです」

そう語るのは、立ち上げから陣頭指揮をとってきた理化学研究所(以下理研)の放射光科学研究センター石川哲也センター長。SPring-8は、一つの岩山を部分的に平らに削って建物をのせるように造っているので、地震が起きても一緒に揺れ、おさまると元のところに戻る。何年経っても精度の高いまま、ひとつの山の上で存在しているという。
こうして約30年前、世界最高の環境で実験施設をつくるために、研究者や技術者たちがこの地にやってきたのである。

ナノテクノロジーの時代へ

「実験施設建設の話が持ち上がった1980年代、放射光というのは、科学技術の基盤の1つであり、これからはナノテクノロジーの時代だと言われていました。当時の日本は、科学技術立国と呼ばれていただけに、それを支えるうえで大型放射光は大切な施設であり、どこにも負けられないという強い思いを皆が持っていました」欧米で大型放射光の建設が動き出し、ヨーロッパが6ギガエレクトロンボルト(エネルギーを表す単位。以下、GeV)、アメリカは7 GeVで計画が先行していたため、日本は当然ともいうべき、世界最高峰を目指して8GeVに決定された。

10 本のビームラインから始まった

計画を主導したのは、理化学研究所と日本原子力研究開発機構で結成したチーム。1990年に政府の予算が正式に認められ建設が始まった。前述したように、三原栗山は強固な岩盤。山を切り崩す工事は困難を極めた。さらに、98 年に運転を開始する計画が1 年も早まった。

放射光を取り出すビームライン(下図の❹参照)の建設を総括する立場にあった石川センター長は、メーカーに依頼した納品予定をすべて前倒しにするのに難儀したが、バブル崩壊直後の景気低迷のなか、全社の協力でなんとか運転開始に間に合わせることができた。こうして97 年、10本のビームラインが始動したのである。


「日本の8GeV は、ヨーロッパやアメリカに比べると、より波長が短いX線がでます。物質科学、生命科学などのより強くて、短い放射光が必要なところには、非常に有利な光になるのです。これを誰に使っていただくか。これまでの実験施設は、どちらかというと大学の先生の研究のために存在していましたが、文部省が教育の一環でやってきたことを、大学の技術研究だけではなく、産業界にもこの光を使っていただこうという形でSPring-8 は始まったのです」(石川センター長)

産業界からのユーザーにも等しく開かれることがSPring-8の1つのミッションだった。

SACLAの誕生

「SPring-8がつくり出す光を見る前に予測していたことは、最初の1、2 年で実現しました。それから先は、こんな光だからこんなことができるかもしれないと、みんなで考えながら、どんどん新しい世界がひろがった。
そこで考案されたのが、2011年に完成したX線自由電子レーザーのSACLAです。それまでの放射光施設は、丸いところで曲げて光を出していましたが、曲げるところと曲げるところの間の真っ直ぐなところに装置を入れて強い光を出そうというコンセプトをさらに発展させて成し得た、新しい光なのです」(下図の❺参照)

SACLA の加速器が打ち出した電子線を磁石で蛇行させて生み出す光は、SPring-8の10億倍の明るさで、波長が短く、波がきれいに揃うX線とレーザーの両方の性質を併せ持つのが特徴。円形のSPring-8に対し、SACLAは直線型。世界初の開発で、生物の細胞を生きたまま分子や原子レベルで観察が可能。世界でもっとも小さいものが見れる。この新しい光を基礎科学や産業界に活かそうと、様々な試みがはじまったのである。

輝く未来へ、次世代機「SPring -8-Ⅱ」構想

そんなSACLAとSPring-8は、同じ敷地内に隣接するという世界でも類を見ないユニークな特徴を持つ。2011 年、旧SPring-8の加速器をSACLAに使用し、2021年にSPring-8-IIを見据えて老巧化が進む加速器を最先端に置き換える改修工事に着手し、SACLAとSPring-8はつながった。SACLAでつくった電子ビームがSPring-8 に送られることで、大幅にエネルギー消費を節約するのだが、その背景にあるのはSPring-8-Ⅱ構想だ。

「地球温暖化による気候変動が大きな社会的問題となっているなか、環境に優しい施設として消費電力を半分にしようと目指しています。そして、新時代に向けて、SPring-8よりも100倍明るいX線を実現させるために計画を進めています」

SPring-8で3年程度の実験期間が必要だった検証を5日で終わらせることも可
能になるという。このSPring-8-Ⅱへの大幅改修計画は2011年から始まったのだ
が、当初目指していたのは30倍の明るさだった。それが現在では100倍の光をつくり出すまでステップアップしているというから、その進展には目を見張るものがある。

「世界最高の性能を持ったSPring-8-Ⅱが完成すれば、多くの人が使用することができ、日本の研究やものづくりがさらに進むとを確信しています。科学の研究は社会で暮らす人たちの幸せに寄与することが重要ですから、そのための研究基盤をしっかりとつくりあげたいと思っています」

そう力強く語る石川センター長が見据える先には、どんな景色が見えるのだろうか。そして近い将来、私たちが生活のなかで、その科学の進歩を体感する日も近い。

SPring-8で放射光ができるまで

SPring-8は大きく分けて線型加速器、ビーム輸送路、蓄積リングの3つの加速器システムで構成されている。まず電子銃から電子を打ち出し、全長 約400mの線型加速器 ❶で80億電子ボルト、電子のスピードは毎秒 30万㎞まで加速され、ビーム輸送路 ❷を経て蓄積リング❸へ送られてぐるぐる回り続ける。電子を磁石により曲げると接線方向に放射光と呼ばれるX 線が発生する。それを取り出し❹、実験試料に当て、データを解析する。
SPring-8が世界一と言われているのは世界トップクラスの明るさのX線が桁違いに安定に利用できるから。この世界一の光は裏方である施設の基盤を支える研究者たちの地道な活動の賜物だ。10本のビームラインから始動した SPring-8は、現在57本。


それぞれ個性の違う X線が出るところが57箇所あり、多くの人が同時に実験することができる。

これまでに、どんな成果が生まれてきたのか

タイヤから宇宙まで

低燃費のタイヤや、 歯の健康によいガム、傷んだ髪の毛を修復するシャンプーなど、ここで解析され実用品に応用された例は多数。宇宙船「はやぶさ」が採取した小惑星「イトカワ」 の物質の分析は、太陽系誕生の謎に迫る貴重な手がかりとなった。

「MIRAI」が生まれたトヨタの実験棟

1999年から放射光を利用しているトヨタグループ。専用のビームライン、研究棟を持ち、様々な研究を行っている。その研究から生まれたのが燃料電池自動車FCEVのMIRAIだ。

事件を解決に導く科学捜査

科学で事件を解決するドラマ、沢口靖子主演の「科捜研の女」。まさに事件の謎を探る解析がSPring-8。25年ほど前の和歌山毒物カレー事件でも、解決の切り札となったのが、SPring-8が生み出した放射光。容疑者宅の近くでつかったヒ素と、カレーに入れられたヒ素の由来が一致したことを突き止めた。世間にSPring-8の威力を知ってもらう機会となり、さまざまな科学捜査に利用されている。

利用料は基本1シフト8時間48万円(1時間6万円)。これで、世界一強く安定した放射光で見たいものを見ることができる。情報を公開すれば使用は無料。公開したくない場合は、料金が発生する。


(第2話:「研究者が語る光の舞台裏」に続く)

もし、光があなたの夢を叶えてくれるとしたら。

国立研究開発法人 理化学研究所
取材ご協力

放射光科学研究センター
石川 哲也 センター長

取材

東海バネ工業 ばね探訪編集部(文/EP 松井 写真/EP 小川 )