第2話
研究者が語る光の舞台裏
SPring-8 とSACLA の放射光がつくり出すX 線は世界一。
その存在で、これまで見ることの出来なかったものが見え、 解析出来なかったものの構造が分かるようになった。
光には波長があり、波長が短いほど小さなものが見える。
その短い光がX 線で、蓄積リング方式として世界一高いエネルギーとX 線輝度を持つのがSPring-8。
X 線自由電子レーザーで世界一短い波長0.063nm(ナノメートル)を達成したのがSACLA。
今もなお、記録は更新されている。
そんな施設のなかで活躍する研究者とは、
どんな思いで科学の進歩と向きあっているのだろうか。
第2 話は、副センター長を務める田中均さんと、次世代X 線レーザー研究グループのディレクターを努める田中隆次さんにお話を伺い、研究者の世界観に触れてみたい。
加速器の鍵はアンジュレータ
強力なX線を発生させるには、電子を超高速で動かすことが重要だ。それを担うのは加速器で、その中のアンジュレータが鍵を握る。アンジュレータとは、磁石を交互に並べたところに、超高速に加速した電子を何度も蛇行させて放射光を発生させる装置のこと。電子を細かく何度も曲げると波長が短く強い光が出る。より細かいものを観察するにはアンジュレータの存在が重要で、その光をデザインしているのが田中隆次ディレクターだ。
SACLA が完成してからは、利用者側も見れるものが広がった。アメリカなどにも同様の施設があるが、ここのように蓄積リングの放射光と同時に利用できるのは類を見ない。それぞれ特性を持つ2つの施設を組み合わせて利用できるのが、ここの強みである。
田中D:電子を大きいエネルギーで加速させ、あるところに磁石を置くと、電子が曲げられ光が出ます。それでも実験はできますが、1回曲げてそれなりの光が出るのなら、何十回も曲げたらもっと光が出る。100 回曲げたらもっと明るくなると、どんどん明るさを稼ぎたいと欲が出るのが人間です。磁石を交互に並べたところに電子を通し、蛇行した数だけ光が強くなるこの装置づくりを25 年以上やっています。利用者さんが必要としている光を、アンジュレータの磁石の組み方でデザインし、見たいものに合わせた設計、概念を考えています。
兵庫県にSPring-8 をつくるという新聞記事のコラム欄を見て、「大学で培った加速器の研究を活かしたい」と、この地へやってきたという田中ディレクター。SPring-8 の挿入光源、アンジュレータの開発に長年、携わってきただけに光に対する思いは強い。
常に1 番を求める
そんな田中ディレクターとは逆に、エンジニアリング会社を経て身一つで放射光科学の世界に飛び込んできたのは田中均さん。現在、副センター長を務めるが、研究生として理研に入った当時、日本に大型放射光施設はなく独学で学んだという。SPring-8 開設前の2年間は休む間もなく開設準備に費やしたという田中副センター長は、その後もSPring-8 の改良を重ね、多くの研究成果を残してきた。
田中均 副センター長(以下田中副):研究者がやることは常 に世界で1番でなければいけません。独創性だけでもだめ。他の人が既にやってることを追いかけるのではなく、新しい ものの発見。利益を考える団体ではない我々は、より独創性を求めるべきだと思っています。完全にオリジナルじゃなくても、その前にここまでやりました、というのが積み上げられていて、それを組み合わせるだけでもいいのです。大事なのはそこに自分たちのアイデアを足すこと。これまで人類が積み上げてきたものに、もう一山を乗せますというのが、我々の活動なのです。恐らくそれは、企業さんも同じですよね。この分野で日本一になるとか、世界一になるとか、皆さん、そこに向かっていると思います。
世界で1番をとるために、SPring-8 の研究者たちは、何を優先して研究を進めているのか。それは、明るさだと田中副センター長は言う。
田中副:施設の優秀さを示す輝度という言葉があるのですが、いただける予算の中で、どれだけ輝度を稼げるか。そこに自分たちのアイデアをどう盛り込むかで勝負すべきと思っています。X 線で物を見る装置ですから、決められたスポットの中でどれだけ明るいか。例えば速くで動くものがコマ撮りできたりと、飛躍的に進歩しています。また、ある物を見るために1年かかっていたものが、1ヶ月、1 日で見ることができる。もしかしたら1 秒でと、どんどん早くなっています。そうなれば、SPring-8 の利用価値も上がります。そこが我々の頑張らなければいけないところです。
ユーザーとの距離感
ものづくりは、使う人の役に立つことが使命だが、ものづくりをしている人は、「ユーザーの顔が直接、見えない」という話しをよく耳にする。SPring-8 の研究者たちにとって、ユーザーとの距離感をは、どのようにとらえているのか。
田中D:それは、自分にも感じるところがあります。どう役に立っているのか、自分で調べればわかるのだと思いますが、日々の研究が優先で、なかなか、そこまでたどり着けないのが現実です。そういう意味では、ユーザーの役に立っているとは思いますが、実際のユーザーは、遠い存在かもしれません。
田中副:田中ディレクターは、ビームラインごとに「こういうアンジュレーターを作ってほしい」といったユーザーの要求をデザインしてるんじゃないですか。そういう意味では、ある程度、そこを意識していると思います。
田中D:エンドユーザーを意識して我々もやっていますが、つくった装置が、どのようにユーザーの役に立っているのか、定量的にどれだけのメリットをもたらせたかというところまでは、なかなか読めないのです。例えば、10 年間で1 本だったある装置の部分が、一気に倍増したとか、10 倍になったら増えたことが分かりますが、なかなか、そういった直接的な効果が見えるわけではないので、ユーザーを近くに感じることが難しいのでしょうね。
田中副: 実験している人が、どういうことを調べるために、何をしているのか、細かいことは分からりません。でも、世界中に同じような大型放射光施設がいくつもあります。その中で、どういう性能を持っていれば、ユーザーの実験にとって効果的なのかをイメージし、それを追求しています。
この世にないものを創造し、生み出す研究者たちの苦難と挫折は計り知れないが、科学技術の進歩は著しく、毎年のように大発見がある。そうした最先端にいる緊張感も研究者たる所以だろう。未来の光を灯し続けていただきたい。
田中均副センター長が語るSPring-8Ⅱのその先
1 話で記述した「SPring-8-Ⅱ」構想は、今、着実に進んでいる。放射光の役割は、何故?を明らかにし、何故?を知ることにある。これまで、累計で約30 万人の人たちがSPring-8 を使用し、その何故を明らかにしてきた。進化する大型放射光施設は、今後、どんな変貌を遂げていくのだろうか。
技術の大転換時代
SPring-8-Ⅱは、現在のSPring-8から2桁近く性能が上げるので、例えば365 日かけてできてたものが、数日でできるようになります。そうなると、やれることが違ってきます。条件を変えて試すこともできますし、スピードだけではなく、見える種類も違ってきます。あきらかに世界が変わるでしょう。ある実験がA からE まであるとすれば、その5 種類を見るのに、一つの実験にかけられる時間はシェアしないといけなくなるので、なるべく短いほうがいい。これまで1グループしかその時間を使えなかったのが、10 グループで使えるようになると、見られるものが10 倍になってきます。
私たちが常に旗印に掲げているのは、皆さんが今一番困っていることをトップダウンでやることです。SDGs や、2050 年までの脱炭素化などに向けて、生産基盤全体をものすごいスピードで変えていかなくてはなりませんから、かなりの大仕事です。
最近、雨の降り方が違いますよね。今やタイと温度があまり変わらないと聞いて驚いたのですが、タイの人も日本の方が熱いと言うのです。地球規模の温暖化が進んでいますから、地球が明らかに変調をきたして何かのパラメーターが目に見えて変わっている末期的な状況です。
見学に来られる学生さんや子どもたちにも言うんですけど、皆さんはこれから大人になってどんな職業についてもこの問題から逃れることはできませんと。ファッション関係であれば洋服を作る時、処分する時にどういうエネルギーでCO2 が出ているのか。2050 年には 均衡状態にしなきゃいけませんから大変なことです。洋服も、果物や野菜も、全ての生産プロセスに対して改善が求められる時代です。自動車もそうです。ガソリン車から電気自動車に変わっても、どうやって電気をつくるのかという根源的な問題が残っていて、ここが非常に重要なのです。
奥飛騨の取り組み
これまでは、化石燃料を燃やしててCO2 を排出しながら生活を豊かにしてきましたが、もう化石燃料は燃やせないわけです。化石燃料を使うにしても、燃やして使うのではなく違う使い方を考えなくてはいけません。その点、日本は地熱エネルギーが世界で第3 位ですから、ローカルではそれを活用することができます。
例えば岐阜県高山市にある奥飛騨は、温泉でも有名ですが、今、地熱で頑張っているのをご存知でしょうか。コロナ以前より、観光客が激減し経済がまわらなくなったのですが、観光客がいなくても、温泉の品質維持の費用はかかるわけです。そこで着目したのが温泉を活用した地熱発電です。一般家庭でおよそ4000 世帯分の年間使用電力をまかなうことができるようになっています。また、風力発電が進んでいる秋田では、県全体の電力をまかなえるくらいになっているそうです。そうやって日本の近海の海洋資源をうまく使って多様化し、国民全体が電気をまかなえるようになって欲しいと思います。
エネルギーを考える
私は、様々なエネルギー問題には、それぞれが課題を抱えていると思っています。それでも、人間がしっかりコントロールできる自然由来のエネルギー創出は、未来にとってマイナスになることはありません。未来への責任を持つ大人として、その点は深く考えなければならないと感じています。
CO2 の排出量を減らすためには、いろんなものの効率を上げるのは絶対です。化石燃料を用いるガソリンエンジンだって、1 リットルで10 キロ走っていたところが100 キロ走れれば、達成度が10 分の1 になるわけですが、ゼロになることはありません。いくら追求してもゼロにはなりませんが、減らしていくことはできます。だから効率を上げるってことは、全てにとって、非常に重要なこと。そういう意味では、ここでやってる活動は、皆さんの将来、未来の生活に貢献するものだと思います。
性能と地球に優しいことの掛け合わせ
今、会社のなかでもそういうことをやる部署がどんどん出てきていますね。世間に向けて「うちの会社はこういうことをやっています」とアピールをする時代じゃないですか。消費者もそこに耳を傾け、製品を購入する時の判断材料の一つにもなります。世の中がそこまでシフトしていますから、今後はよりそっちの方向に行くでしょう。性能と地球に優しいというのが、掛け合わさったことが求められる時代で、日本は資源が少ないですから、長持ちは基本ですね。
小さいところでの努力が大事です。生産すること自体が問題と言われないように、負止まりを減らしたり、壊れる時は一緒に壊れて、部品の無駄をなくすとか、余分に作りすぎないとか、いろんな改善が必要だと思います。例えば、鉄。鉄は廃棄物として出回りますから、それを原料にできます。御社が扱っているバネも仕入れている材料が、どこかで一回使ったリサイクル材とか、再加工されて原料になっているものですから、まさに資源有効活用のトップランナーと言えると思います。
若い世代に研究の面白さを
今、我々の施設には加速器をつくるプロ集団が約50人在籍しています。世の中人材不足と言われていますが、うちの研究所も若い人があまりいません。先のことを考えると、危機的状況といえます。博士号を取った時点で27 歳ですから、研究所に入って来る時はだいたい30 代を超えてしまうんです。私自身もそうですが、「気がついたらここに辿り着いた」というパターンが多い(笑)。田中さんのように学位をとってすぐに来られるまっとうな方は珍しい。
先日、物理チャレンジで全国から選ばれた中高生100名がここに来てましたね。なかなかユニークな人たちが来ていました。3 日間の合宿で、施設を見学したり、研究者の話を聞いたり、そして1日5時間の試験を2日間やりまして、試験以外の要素も見てその中から5 人だけが代表に選ばれるのです。かなり厳しい合宿ですが、自分がやりたいことやっているわけですから、面白いでしょうね。
高校生、面白いこと聞いてくるんです。「給料はどうなんでしょうとか」と。「お金儲けしたいんだったら、この道は全然違うよ」ってアドバイスしましたけど(笑)。日本は相対的に安いですからね。人が満足するのは金銭的なことだけでモチベーションがあがるとは思えませんが、研究者はあまり人前に出ませんし、研究者の世界でしか論文を発表しませんから。高校生から見れば、閉ざされた世界として映っているのかもしれません。もっと外に向けて研究の価値を伝えていくことも我々の役目ですね。(田中副センター長)
もし、光があなたの夢を叶えてくれるとしたら。
国立研究開発法人 理化学研究所
取材ご協力
放射光科学研究センター 田中 均 副センター長
次世代X 線レーザー研究グループ 田中 隆次 グループディレクター
取材
東海バネ工業 ばね探訪編集部(文/EP 松井 写真/EP 小川 )