| イームル工業株式会社 様

第3話

40年で見つけた「人とのつながり」という宝物

インタビュー:土井英樹 取締役

水力の低迷期から、クリーンエネルギーが叫ばれる現代。

時代が変わっても、変わらないのは「人とのつながり」と語る土井取締役。

旋盤で磨いた技術と、資材調達の現場でぶつけ合った情熱、

イームル工業の歴史とともに歩んできたベテランが語る、

現場主義の誇りと、孫の代へとつなぐ持続可能な未来への願い。

「あ」行で見つけた、予期せぬ運命

私がイームル工業に入社したのは1984年、あと数年で創業40周年を迎える節目の頃でした。本当は大学へ進学したかったのですが、中学時代に父を亡くしていたこともあり、「高校を卒業したら地元の企業に就職して自立しよう」と心に決めていました。

公務員になろうと思い、民間の就職先を決めずにいたところ、担任の先生に「そろそろ決めろ」と促されましてね。手渡された求人資料を広げると、50音順のリストの最初に載っていたのが「イームル工業」。水力発電という事業内容に加え、グループ企業に「中国電力」の名があったこともあり、「ここでいいです」と安易に決めてしまったのが、正直なところです。 

しかし、工業系への関心の薄さから、入社直前になって「先生、やっぱり行きたくありません」と泣きつきつく始末。「今さら断れば後輩たちの求人に響く。とにかく行け」と先生に背中を押され、半ば投げやりな気持ちで入社式に向かったことを記憶しています。「すぐに辞めてやる!」とさえ思っていましたが、「第1号」になるのは格好悪い。誰かが辞めたら自分も辞めようと、その時を待っていましたが、誰も辞めなかったんです(笑)。

当時は工場しかなく、40~50人規模の家族的な雰囲気に包まれていきました。早くに父を亡くした私にとって、厳しくも温かい先輩方は、まるで「親父」のような存在でしてね。かわいがってもらううちに、「ちょっと頑張ってみようかな」という気持ちが芽生えたのでしょう。結局、辞めるタイミングを見失ったまま、気づけば42年の月日が流れていました。決して立派とは言えない動機で始まった一歩が、私のかけがえのない人生の縁となったのですから、不思議なものです。

現場と資材で学んだ「人」と「技術」の絆

配属先は「検査」と言い渡されましたが、私は部材から形がつくり出される面白さに惹かれ、「旋盤」を扱いたいと希望しました。それまで測定器などとは無縁の世界。専門用語もさっぱり分かりませんでしたが、無心に機械と向き合う日々が楽しかったですね。旋盤を使い続け12、3年が経ち、「ようやく一人前になれたかな」と思った頃、いきなり「資材へ行け!」と異動。それまで機械とばかり対話していた私にとって、調達を通して外部の方と交渉する仕事は、未知の世界でした。

まだ私も若く、調達先の方とは納期を巡ってよく火花を散らしました。当時は修繕工事が多く、発電所の停止期間が限られていましたから、モノが入ってこなければオーバーホールは進まない。お互いに譲れない正義があり、大声を出し合って大衝突。上司に叱られたことも一度や二度ではありませんでした。今なら「パワハラ」と言われてしまうかもしれませんが(笑)、泥臭く対話を重ねる中で、なんとか折り合いをつける術を学んでいきました。 

そんな風に激しくやり合った方々と、20年、30年経って再会すると、「あの頃は若かったね」と笑いながら昔を懐かしむことがあります。当時は必死でしたが、今になって思うのは、仕事をするうえで一番大切なのは、やはり「人とのつながり」なのだということです。

「人を見る」役割

荒波に揉まれるような日々もありました。「もう自分には背負いきれない」と思い詰めた時期、仕事を辞めたいと先輩に相談すると「会社に愛着はないか?」と問われました。「いいえ、愛着はあります」と答えた私に、「じゃあ、もうちょっとだけ頑張れ」と踏みとどまらせてくれたことも何度か。その一言にどれほど救われたか分かりません。

若い頃は自分のことだけで精一杯でしたが、いつの間にか、後ろを振り返れば家族がいるようになった。その家族の存在も大きな支えとなりました。現代は、「個人の尊重」が重視される傾向にありますが、かつては「会社か家庭か」と二者択一を迫られた。どちらでもないと思うんです。家族の存在という土台があり、仕事を通じて社会とつながり、生活を成り立たせる。仕事も家庭も両立が不可欠です。家族に限らず、自分を奮い立たせてくれる存在、頑張れる存在があってこそ、仕事を長く続けられ、人生を豊かにするのだと実感しています。 

そんな私が今、一番大切にしている仕事は「人」を見ること。会長と共に生産グループの改革に取り組むなか、入社1年目の社員から「定時で帰れる職場にしたい」という目標が飛び出しました。そのためにどう無駄を省き、どう連携するか。今、職場では活発な議論が生まれています。社員の目が輝いているか、曇っていないか。タイミングを見て声をかけ、ガスを抜いてやる。それが、かつて先輩たちに育ててもらった私にできる、恩返しだと思っています。

社内に掲示される「定時で帰れる職場にしよう」という標語を書いた図司さんと土井取締役

イームルらしさを

振り返れば、私がイームルに入った頃、水力は低迷していました。「これからは原子力や大規模火力の時代」という風潮が強かった当時、古くからの水力発電は一線を退いた産業のように見られていました。一方で、自動車産業は目覚ましい発展を遂げ、地域の「顔」として注目されていた。でも、機械を扱うのが面白く、ひたすらがんばった。夢中で働いているうちに、時代は大きな転換期を迎えました。FIT(再生可能エネルギーの固定価格買取制度)の開始とともに、水力発電が再び重要なエネルギーとして脚光をあびました。また、世界の潮流として、SDGsへの意識が高まったことも、私たちの仕事に追い風が吹かせてくれたのです。

イームル工業は、お客様から「調子が悪い」と呼ばれればすぐに駆けつける、痒いところに手が届く会社です。それが私たちの「らしさ」であり強みですが、近年、少しおろそかになってきているのではと危惧しています。風が吹いている今だからこそ、その原点に立ち返らなければなりませんね。

私たちが携わっているのは、未来の子どもたちや孫たちが、今と同じように安心して暮らせる世界を作るためのクリーンエネルギー事業です。たとえ小さな関わりであっても、そこに誇りを持って、全社員が家族や友人に自慢できるような会社であり続けたいと思っています。

 (土井 英樹 取締役)

(第4話『「えっ、水車?」を「誇り」に変えたい』に続く)

第3話 40年で見つけた「人とのつながり」という宝物

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土井英樹 取締役

取材

東海バネ工業 ばね探訪編集部(文/EP 松井 写真/EP 小川 )