第3話
「伝統」と「進化」の融合
現在、SL班は、まさに技術伝承の真っ只中。毎日のように入場してくる電車に比べて、SLはたったの数両。同じ部品に触れるチャンスは、多くても1年に1回か2回しかない。頻度が極端に少ないだけに、中島班長は、若い人たちが、積極的に手を出せる環境づくりに尽力している。新しいやり方も、渡邊さん、我妻さんが中心となって取り組み、「伝統」と「進化」の融合を実践中だ。 例えば、部品の再利用が不可能な場合は、新たにつくることを考えなければならない。以前、C61のばねが、基準値を超えてしまい、折れるかも知れないような危険な状況にあった。新たな部品の製作が必要となり、我妻が班長に相談すると「やってみろ」と、新規製作のゴーサインが出た。
「図面を引き、ばねメーカー様に5~6社あたってみたのですが、『胴締めは無理、溶接ならできる』という会社がほとんどでした。しかし、荷重がかかると溶接は割れてしまうので、昔ながらの焼き嵌めでなければならず、困っていたのです。そんな時、東海バネ工業様の存在を知り、連絡をしたところ、『できます』とその日のうちに回答をいただきました。2ヶ月探しまわった苦労が、たった1本の電話で解決したのです。後で東海バネ工業の小谷様に、ばねの使用方法によって、耐久性が異なることも教えてもらい、ばねの使い回しの見方も変わりました」(我妻さん)
曲げを変更するなど、色々な仕様変更を相談しながら進め、理想の部品が完成した。昔は、国鉄の工場でつくっていたことから、なにかし
ら、国鉄のレシピがあったはず。しかし、材質が昔より良質になった分、既存のレシピでは対応できないケースも出て来ていると我妻さんは語
る。そうした部分を、若手2人が担い、質の向上面で「進化」させているのである。
生きているからこそ、明日はわからない
「自分たちが学ばなければ、師匠や先輩たちに失礼。好きこそものの上手なれですから、裏切ってはいけないんです。師匠は、今でも、先を見据えて勉強されている。熟知しているのに、さらに深めていく姿は正直、超えようがないんです。だから見よう見まねでいきますが、昔の先輩たちの日誌を見てヒントを得たり、先輩の背中を見て、吸収したものを自分のものにする。世代交代の波に乗り遅れないようにしなければ、SLの火が消えてしまうのです」(渡邊さん)
電車は、電源を落として、立ち上げても同じように起動する再現性があるが、SLにはそれがない。「昨日まで調子良かったのに・・・」というのは日常茶飯事。石炭のくべ方でも変わるし、石炭の質でも燃焼効率が変わる。そこが、こだわりの部分。精度を上げて組み上げ、今日はうまくいっても、明日はわからない。調整が完了しても、まだその先に調整シロが残っている。まさにSLは生きているという証だ。
火を焚くと、生き物になる
「SLって火を焚かなければ、ただの鉄の塊なんです。でも、ひとたび火を焚くと、鉄をまとった生き物になる。一両一両、全部違う。人間でいえば、心臓が強い人、内臓が強い人、足腰が強い人がいるのと同じ。生き物ですから」
長年、現場に携わってきた山口憲三さんは、SLをそう表現する。一番最後に復元した盛岡のC58 239は、ボイラー圧力も一番大きく、スピードも速い。他社の同じ型式と比較しても別物。すべてに個性がある。
SLの持つ個性を、12人が持っている技術で、最良の状態に仕上げていく。試行錯誤、手間ひま、悩み、葛藤、それがすべてが圧力となり、仕事というピストンを押して前進していくのである。
Let’s start my handsome boy! 出発進行だ!
※「Let’s start my handsome boy!」
SL発祥の地イギリスで、蒸気機関車が出発する時、機関士が機関車に話しかけたという言葉
全員の力を結集する現場
SL組 山口憲三さん
~126年の鉄路 伝統を受け継ぐ12人のSL組~
東日本旅客鉄道株式会社 大宮総合車両センター
取材ご協力
大宮総合車両センター SL組
山口憲三様
中島賢樹様
渡邊功様
我妻翼様
取材
東海バネ工業 ばね探訪編集部(文/EP 松井 写真/EP 小川)