第3話
三鷹光器の哲学
なぜ、三鷹光器の技術は世界をリードできたのか・・・
なぜ、脳外科手術用顕微鏡は、ドイツの牙城を崩すことができたのか・・・
1話、2話を通した三鷹光器の成功は、理念に裏付けられた結果であった。最後に、そのぶれない三鷹光器の精神に、踏み込んでみたい。
自分たちの生き方
「これからは、技術を持っている会社同士が手を組んで、1+1を5にする方向しかないと思うんです。多くの人は、トヨタカンバン方式を評価しますが、私はあまり賛成できない。結果的には、ヨーロッパなどが長年築いてきた歴史的な技術、伝統を壊してしまうから。ドイツのライカと30年組んでいますが、私たちは、そこを守ろうとしています」
後に、このオートフォーカスの原理は、ポイント・オート・フォーカシング法と命名され、日本発のISO規格(三次元形状・表面の粗さの国際規格)として登録されるようになった。つまり、三鷹光器の測定器で測定されたものが世界基準という快挙を成し遂げたのである。
ライカは、レンズもカメラもつくる製造会社。なぜ、製造会社同士、しかも、頑固一徹のドイツと組むのか。その理由は、大企業と中小企業が組むところにある。小さい会社は、現場の困っていることをスピーディに製品にできるが、大企業は、大勢の人が関わって議論したうえで、リスク、採算ラインをクリアし、株主、投資家を説得しなければならない。形にするまでに相当な時間がかかってしまう。
「大手のブランド力を利用したい私が製品をつくり、自由が利かないなかでも、トップレベルを維持したいライカが独占で売る。この私の考えと製品の価値を認めてくれるのなら買ってほしいと交渉しました。そして、どんな顕微鏡をつくるのか、20分時間をもらい、その交渉の場でホワイトボードにドクターの困っている部分と解決方法を絵で表現したのです」
ライカの社長は、そこに描かれた未来像に惚れ込んだ。中村社長は、自分たちの精神を画家のレオナルド・ダ・ヴィンチで表現する。彼も職人。被写体の内面・内部をより知ることによって、立体的な絵によって表現し真実に近づけようとした。自身でも人体解剖を行い、極めて詳細に書きこんだ解剖図を作成しているダヴィンチと、我々も、まったく同じなんだと。
特許で会社を守る
ものづくりだけに注力する三鷹光器は、製品が会社の玄関を出たら、一切、製品の保証をしない。ライカがすべて保証する。出荷した後、傷があると言われても、見ているわけではないので保証はできないというのが中村社長の考え方だ。製品の完成時、中村社長がすべてを確認して、サインをする。「私を信じてもらうしかない。もし、それは・・・と言われたら、提携しない」。それができるのも、特許をとっているから。自分たちではつくりたくても、つくれない。まさに、特許が小さな企業を守ってくれているのだ。
「世の中が必要とし、うちにしかないものを作れば、誰にでもできる。創意工夫のない製造会社はやっていけない。誰にでもすぐにつくれるものは、値下げ競争になってしまいますからね」
その創意工夫を徹底すると、現代の流れと逆行する。例えば、CADを使用せず、手書きで頭を使う、価格競争に巻き込まれるような大量生産はしない、製造工程のシステム化はせず、つくれる分だけをつくる。そんな自分たちのこだわりを、相手に理解してもらう。これが、三鷹光器の生き方だ。
人間性を見抜く採用試験
50人という規模で、世界の舞台で戦う三鷹光器の社員に触れてみたいが、やはり、天体好きが多い。社員に限らず、パートでも、いいアイディアがあれば、特許の出願をするという。
「アイディアを出したら5000円、書類が通ったら1万円出します。経費は会社が払い、個人ではなく会社として特許をとる。そして、学会での発表の場を与えます」
そんな三鷹光器の採用試験は、非常にユニークだ。学歴など一切、関係なし。3つの試験で、ものづくり分野で成長できる人材かどうか、中村社長が見抜く。実際の内容は、簡単なペーパーテスト、模型飛行機を作る、裸電球の絵を描く、この3つだ。
まず、紙を貼って模型飛行機を作るのだが、これは、手先の器用さを見る。そして、A4の紙に裸電球の絵を描くというのは、絵がうまいかどうかではなく、例えば、装着するネジ込み部分をどう表現するか。「よく見る、さらに見る」という精神を持つ三鷹光器にとって、大事な工程だ。なかには、「電球にブランド名がありますが、これを描くのですか」とか、「電球に映り込んでいる蛍光灯を描くんですか」と、聞いてくる学生もいるという。
「年に40人ほど来るのですが、最初に面接をします。そして、1週間後にテストをやります、と内容を伝えて、3つで8時間をあたえます。『なんだ、余裕あるな』と思うんですね。あるとき、テストを受けに一流大学の大学院生が来ましてね。裸電球をかかせると、何時間たっても書けない。結局、うちでは無理だよ、と帰したのですが、ご両親が納得できずいらっしゃいました。私は、こう伝えたのです。1週間後にテストをやると説明したのですから、電球の絵を描く練習をしてほしかった。そこを見ているのです。何も準備してこないと、8時間でテストを終わらせることはできない。ものづくりの分野ではそうしたことが大切なんです。弊社ではなく、高学歴をいかした職業についた方が息子さんのためです、と」
3つのテストには、深く考えられたいくつかの落とし穴のようなものがある。無事に通過できれば、晴れて三鷹光器の一員となれるわけだが、この採用試験が多くの会社と違うのは、大学や成績で人材を評価しないことだ。よく、「履歴書は及第点だったのに、仕事をさせてみたら、使えなかった」という話を耳にするが、数分の面接だけで人間の本質を見抜くのは至難の技だ。就職面接対策が商売になる時代、学生は面接のための勉強をしてくるが、三鷹光器には通用しない。最初の面接から少なくとも1週間という期間のなかで、その人の習慣、性質、人間力を見究める。
「御社が求める人材とは」という問いに、大抵の企業はコミュニケーション能力、リーダーシップ力、チャレンジ精神との文句が出るが、中村社長から、そんなことばは一言も聞かれなかった。ここにも、世界から必要とされる企業の、真の強さ、ものづくりへ徹する精神を感じた。
今、沖縄からミタカブランドを売り出すプロジェクトが進行中だ。その沖縄工場を任かされる女性社員の姿が、三鷹の工場にあった。中村社長は、その社員を自宅に呼んで将棋をさす。リーダーとして大切なことを、将棋を通して教えている。事業も将棋も「指し直し」のきかない真剣勝負。苦境からの脱出方法など、最善の一手を決めるための極意があるようだ。
創造力とは、形のあるもの、形のないものをつなぎ合わせ、新たな「発見」に変換すること。
そこには、必ず「困りごと」と「解決」がある。「つくるということと、成功させるということは違う」と、中村社長はいうが、成功というのは、その現場の声を、製品という形に反映できたときである。
次は、どんな技術で世間をあっと言わせてくれるのだろうか。
老後の楽しみ、と力を入れているのは、太陽蓄熱発電の技術。
光の追求が、すでに始まっている。
設計図は現場にあり
三鷹光器のものづくりの根底にあるのは、現場の声だ。「設計図は現場にあり」で、創業当初から顧客である東京大学宇宙航空研究所の博士や、大学の教授たちのことばを形にしてきた。手術用顕微鏡でも、ドクターだけではなく、看護師、看護師長さんの悩みから、経営の悩みまでを聞きだす徹底ぶりである。
ものづくりとは、よく見ること、さらに見ること、そして、自分で答えを探すこと。これに徹するしかないと、中村社長は静かに語った。
~世界の最先端が認めた三鷹のテクノクラート~
三鷹光器株式会社
所在地 〒181-0014 東京都三鷹市野崎1-18-8
取材ご協力
代表取締役社長 中村 勝重様
取材
東海バネ工業 ばね探訪編集部(文/EP 松井 写真/EP 小川)