第3話
第3話 世界に突き抜ける時!
多様性の時代と言われる今、豊岡の強みである演劇が、深いまちづくりのエンジンとなって加速している。枠組みをうまくつくれば、その枠組みの中で人は育っていくもので、その枠組みをつくるのが政治家の仕事。時間をかけてでも「演劇の価値」を市民に理解してもらうことが、自身のやるべきことだと、中貝さんは語る。

困り果てたからやってきた
「深さを持った演劇のまちづくり」のお話をしてきましたが、初めから絵を描いたわけではなく、その都度その都度、困り果てて必死になってやってきただけなのです。ただ、「小さな世界都市をつくる」ということは掲げていましたから、何かあるものが飛び込んできたときに、そのエンジン足りうるものかどうかを冷静に判断してきたつもりです。
それは果たして、エンジンは、世界に突き抜けるためのエンジンになりうるのか」これが判断するものさしでした。振り返れば、地元の人に永楽館を復活させてほしいと言われ、やってみたら大成功。アートセンターもお荷物施設に困り果て、日本ではまだ珍しい無料での貸し出しを思いついたら大成功。国の専門職大学の構想が入ってきて、演劇と観光でつくってみたら初年度7.8倍の志願倍率で大成功。豊岡市民にとってみれば、あっという間に成功してしまったという感じだと思うのです。
豊岡のまちに役立つこと
多くの市民は「演劇は必要ない」と感じています。その心は、「私にとっていらない」。もっともなことです。私たちが言っているのはまちづくりで、個人にとってどうかではない。演劇が嫌いでもいいのです。だけど演劇がこのまちに役立つのであれば、嫌いであったとしても受け入れた方がいいのですが、そこがまだ理解されていません。一方で深く理解してくれた人が、一生懸命広めてくれます。ありがたいですね。
芸術文化観光専門職大学でやっていることの意味や、学校の演劇の授業でやっていることの意味、豊岡演劇祭は、外から多くの人に来てもらうのを狙っているということ等々。日々 の活動のなかで「なるほど、演劇は役に立つよね。あるといいよね」と。一人ひとりがわかるように化学反応を起こさせていく。ゆっくり発酵させていく。それがまちづくりです。
自由がなければ人は来ない

豊岡のまちは、随分と変わりました。豊岡の成人式の対象者は800人程くらいで、高校卒業時に8割がいなくなります。つまり地元生まれの人の2割、160人しか残らない。そこに1学年80人が入ってきました。しかも約8割は女子学生ですから、圧倒的に少なかった層が増えたといえます。
大都市はなぜ人を惹きつけるのか。そこには「自由」があるからです。地方は人を自由にしないところがありますよね。すばらしい歴史、伝統、文化があっても、外から入って来た人が混じり合うことができる自由がなければ人は集まりません。豊岡は、市民がその自由さを受け入れてくれたからこそ、「小さな世界都市」が実現しつつある。私は、そう思っています。
豊岡への目線
現在、私が活動拠点としているオフィスは、廃業していた老舗料亭「とゞ兵」を複合施設として再生した建物の中にあります。これまでには無かった豊岡の文化の発信拠点をつくろうと、オーナーである小山俊和さんという方がつくられたのです。埼玉出身の小山さんは、もともとリノベーションの仕事をされていて、パートナーの出身地である豊岡に来られたのですが、彼はこんなことを言っていました。
「豊岡に来た決め手は、城崎国際アートセンターでした。あの場所で創られるようなわけの分からないものを受け入れてくれるまちでないと、自分たちのような新しいことやろうとする人間は住み心地が悪いのです。城崎国際アートセンターを見て、ここなら居心地よくいけると思った」
この話しを聞いた時、驚きました。そういう視点でまちを考えたことはありませんでしたから。
EmpathyとSympathy
先ほど、他者の立場に立ってみるというお話をしましたが、英語では「Empathy」エンパシー。日本語では共感。「Sympathy」シンパシーという似た言葉がありますが、この違いは何でしょう。例えば泣いている子どもがいるとします。泣いている子どもはいかにも哀れで「可愛そう」と思う自分の気持ちがSympathy(同情)。「何でこの子は泣いているのか。お母さんとはぐれたのかな?」と、その子の寂しさが想像できた時に、「あー、それで寂しいんだね」と、理解するのが Empathy。
認知症の人との関係、発達障がいの人との関係、また組織も多様性の時代。そのなかで一緒に仕事をしたり、あるいは一緒に生きていかなければなりません。そんな時に不可欠なのがEmpathy です。
こっちから見ている人、あっちから見ている人、色々なところから見ている人が、それぞれの視点を持ち寄って、多角的に全体像を探る。なおかつ協働して結論を出すというのが、生き残っていく中で非常に有効な方策です。個人値よりも集合値、それがこれからさらに求められるようになってきます。そして、よりよい集合知を得るためには、多様性を受け入れることが必要になります。他方で、多様であることは、皆異なるわけですから、話をまとめるのは結構厄介です。そこで、多様性を活かすためのスキル、すなわち、コミュニケーション能力が不可欠になります。そのコミュニケーション能力を、豊岡の子どもたちに・・・
地域の文化は、未来の資源
一般社団法人豊岡アートアクション
取材ご協力
中貝宗治理事長
取材
東海バネ工業 ばね探訪編集部(文/EP 松井 写真/EP 小川 )